天塩川カヌー紀行
   日本最長 ダウン・ザ・テッシ-オ-ペッ スペシャル 

 

      天塩川100マイル・カヌーツーリング

 ダムや堰堤がない川をカヌーで下ることができる距離としては国内最長の川旅「天塩川100マイルカヌーツーリング」。 3泊4日間。これだけの規模では日本で始めて開催された大会だ。HMCC(ハンドメイドキャンピングカークラブ)の メンバーとしてアウトドア活動に熱中してきたとは言え、カヌーの川下りは空知川で一度のみ、あとは止水の湖で数回し かないという経験ながら、無謀にも挑戦した。艇は相棒藤原氏(以下F氏)の手作りカナディアン。ともに50代、とく に小生は定年まであと1年数ヶ月残すだけの老いた身。  前日会場入りするため実質4泊のキャンプ。キャンピングカーを使わない手はない。ルーフにカヌーを乗っける設備を 整えるなどの準備に2週間ほど前からかかり、7月19日の金曜日、仕事を終えてから7時半にキャンピングカーのベー ス・大曲を出発。F氏の同僚T氏もカヤックで出場のため、同行する。

275経由。途中、食事。それでも12時前には 暗闇の風連町二十線堰堤下に到着。すでに数十組の参加者が先着。われらはほどなく眠りにつく。  翌朝5時くらいだっただろうか、続々会場入りする参加者の車の音や声で起床。車内で簡単な食事を済ませ、自分は当 日のキャンプ地・びふかアイランドに車両回送へ。走り出してまもなく雨。雨脚は次第に強まり、不安がよぎる。びふか から大会事務局が用意した臨時バスで出発地へ。幸いに風連は曇り空。
午前10時開会式。実行委員長で北海道カナディ アンカヌークラブの酒向勤会長、磯田憲一道副知事らがあいさつ、11時、柿川弘風連町長の合図で一斉にスタート、 しびれる瞬間だった。全道各地から、そして関西、関東からも参加し、合わせて234艇のカヌー、404人が40キロ 先の初日のゴールを目ざした。河川沿線市町村長のカヌー駅伝も同時開催した。クラブからは北見の市山氏(I氏)も二 人乗りのシーカヤックで二日間のBコースに出場。
開会式風景ー風連町二十線堰堤
スタートの合図を待つ参加艇
事前にF氏がこれまでのカヌー大会のビデオをとりよせていたので、 イメージトレーニングはしていた。しかしスター ト前に早くも沈する参加者もいて、先行きの困難さを実感させられる。スタート後しばらくすると流れ の早い瀬が迫る。 何とか乗り切る。次は天塩川の語源でもあるテッシ と呼ばれる簗の跡や岩が現れる。岩は水中に隠れている場合もあれば川幅を狭めているところもある。予想以上に厳しい。後ろで転覆者が相次 いでいる様子。緊張の連続だ。おまけに案の定、 雨も降りだす。 一時を過ぎた。時間の経過がだんだん遅くなる。10分が30分にもそれ以上にも感じる。やっと2時前、 カヌーポートに着き、昼食。でかいデカイ おにぎりが2個と飲み物など。全部たいらげた。

大自然に抱かれた川面
午後のコース出発。小雨。工作物のない、柳の河畔林と遠くに山林だけが続く、自然そのものの風景。天気に恵まれれ ばいっそうすばらしい眺望だろうに、などと天をうらむうちに、またまた浅瀬やテッシが。「ガリガリ」艇の底がかわい そう。
毎昼食はカヌーポートに上陸
そうこうしていると、1メートル以上はありそうな段差が目に入る。その先は流れが大きく盛り上がっている。 意を決して突っ込む。舳先に大量の水をかぶる。瞬間、ガツーンと割れるような音。後ろのF氏「やばい」。F氏、飛び 込んだ水の排水に懸命。その間一人で漕ぐ。後ろでいくら排水しても水が引かない。お互い、悪いことは考えたくない。 でも10分、20分経過。さすがにF氏、底部を点検。 「まずい、陥没だ」「どうする」。 どうにもならない。とにかく漕ぎきること以外に方法はない。幸い初日のゴールまで残りはそう長くなかった。 5時ころか、なんとかぴふかアイランドのカヌーポートにたどり着く。

陸に揚げ、カヌーを裏返す。やはりダメージは大 きい。ピンポン球ほどのアナと30センチのひっかき傷。リタイアも覚悟した。しかし、初日の棄権はあまりにも情けな い。 「金物屋で接着剤でも買い、応急修理しよう」ということになり、スタッフに店の場所を聞く。
「カヌー工房があるので使って下さい」。あとで分かったがその方は吉川大会実行副委員長。4日間にわたり酒向実行委 員長とともに大会を指揮していた人。まさに天の助けの思いだった。

ポートから工房まで持ち運べる距離ではない。ラッキーなことに北見のI氏から運搬用台車を預かっていて難なく移動。

初日のキャンプ地・ぴふかアイランド下のカヌーポートに着く

痛々しいわれらのカヌー
さらに同じ場所で開かれていたクラブの例会キャンプにFRP技術ではプロ級の腕前の中道氏(N氏)が参加していた。 名前を聞き逃したが、工房係りの年配のスタッフにもあれこれ便宜を図ってもらい、約2時間を費やしての修理作業。

救いの神・中道さんの手で完全復元

N氏の手で完璧に修復でき、翌朝まで工房で乾燥。
カヌーを出すため、かのスタッフの方は早朝五時半には来ていただき、 頭が下がる思い。前夜の夕食・交流会には参加できなかったけれど、ここでリタイアを免れただけで十分過ぎるくらい。 HMCCの会場で夕食をとりしばし歓談した。

ぴふかでHMCCメンバーの盛大な見送りを受ける

翌朝も中川町ナポートパークに車両移動。臨時バスでびふかアイランドに戻ると各艇すでにスタートの準備中。 HMCCのメンバーや例会にゲスト参加していた関西などのキャンパーも激励のため来ていただいていた。出場者中、最 も多い見送りを受け、9時半ころスタート。
出発時あがっていた雨はまもなく降り出す。たまに浅瀬がある程度でさほど 難しくないコース。時折先頭に立つ快調なパドリングで、昼食ポイントの音威子府・中の島に上陸。息子さんの学校に用 があって滞在中というクラブの沢口さん夫妻の歓迎を受ける。 雨の中で、またしても特大のおにぎり2個などの食事を済ませる。ここで1泊2日のBコースがゴールとなり、北見の I氏らは帰宅の途へ。
全行程でいくつの橋をくぐったことか 橋の上からの声援も励みだった
3日目の22日、例によって車両移動後8時半過ぎスタート。空は何とか持ちこたえそう。一緒に参加のT氏のカヤッ クとともにやはり先陣争い。先行艇より前に進むことは禁じられており、別に順位を競う競技ではないものの、 「1日1回はトップに出よう」とかなんとか言って、結局、全力疾漕することが多く、これはクルーの性格のなせるわざ なのか。でも先頭グループはいつも大体同じ顔ぶれだった。10時半、早くも昼食ポイント着。まだ食事が届いていなく て11時過ぎ、あたたかい豚汁とおにぎりなどが運ばれる。真夏とはいえ、20度あるかなしかの気温、豚汁はありがた かった。午後は、川幅も広がり、流れは一段と緩やかになった.。加えて向かい風になることもあってパドルは重さを増 した。昨日までのようにショートカットで先頭に出ることも出来なくなった。最後は慢心の力を込めて幌延・天塩大橋た もとにゴール。上陸すると風は並大抵ではなく、参加者のテントはまったく張れない状態。別のキャンピングカーの横に 並び、風除けを作って焼肉の夕食。豊富温泉で疲れを癒す。
幌延町の昼食ポイント 比較的穏やかなコンディション
4日間通してカメラを回すテレビ取材
取材攻勢で人気の村田さん親子 3日目強風の中、夕食をともにした
とうとう最終日がきた。相変わらず風が強い。実行委は予定通り開催するか深刻に悩んだようだ。結局、一人乗りカナ ディアンは出艇を認めず、臨時のペアを組んで最終ゴールをめざすことでスタートにこぎつけた。綿密に注意事項が伝え られ慎重に天塩の河口を目指した。川が西向きから南へ曲がるころから風がおさまってきた。

パドルさばきもなじんできた筆者

風車群を過ぎると胸の高ま りをおぼえた。
「ゴールが間近だ」。漁船が行き交う。かもめも飛んでいる。やがてゴール地点の天塩河口橋が近づいた。先頭グループ にいたわれわれは合図とともに一斉に着岸した。同時に打ち上げ花火の音がとどろいた。 「遂にやった」。157キロ、一度も沈(転覆)することなく、無事、漕ぎきった。
大雨、強風などで苦しい4日間だったが、ゴールするとすべての苦労は吹っ飛んだ




完漕だ! テッシ-オ-ペッ・マスターだっ!


実行委員長は日本最長カヌー大会の成功に声を詰まらせた。Aコース(4日間) 232人中、150人(64・7%)が完漕し、完漕認定書(マスター)の交付と記念のパドルの贈呈を受けた。 「天塩川を下りたい」という夢と100マイルカヌーへの挑戦が実現した瞬間だった。
(北海道ハンドメイドキャンピングカークラブ代表 垂水恒明)

 

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